2004年04月19日

親友の結婚式を終えて・・・

 4月17日京都で行われた、大親友の結婚式に出席してきました。元々中山美穂さん似の聡明美人な彼女が、きれいな花嫁さんだったことは言うまでもありません。平安神宮付近、新郎新婦を乗せた人力車で花嫁行列をすると、京都を歩く人からはあまりの美しさにため息がこぼれました。さすがNHKアナウンサー!まるで女優さんのようでしたよ。マミィを筆頭に、毒舌な娘が揃った音楽部の仲間達は、「他の花嫁さんに申し訳ないくらい、一番キレイだね」と、何度口にしたことでしょう(笑)。

 そして、先日の日記でもご紹介した本「ヒロシマ―壁に残された伝言」の著者でもあるNHKディレクターの井上恭介さん・・・彼女のご主人となられた方ですが、想像以上にとても素敵な方でした。一言二言しかお話出来なかったにもかかわらず、仲間達皆が口を揃えて、「本当にいい人を見つけたね。絶対に離れちゃダメだよ」と言いました。井上恭介さんの笑顔を見た時、私達の大切な大切な彼女を、この人になら託してもいい、と、お会いした瞬間に皆が感じることが出来たんです。

 披露宴も、それはそれは素敵でした。マミィは、自分の結婚式の日って、それまで生きてきた中で、一番幸せだと感じた日だったんです。それは、沢山の人がお祝いしてくれることや、素敵な披露宴が出来たこと、そういうその日の出来事はもちろん、今日が今まで生きてきた集大成なんだな、と感じたからです。自分がここまでこれたのは、家族や、友人や、これまでに出会った全ての人のおかげだと、感謝、感謝、感謝で、その感謝の気持ちや、幸せな気持ちを伝えることが出来るのが、今日なんだな、と思ったのを、今でもよく覚えています。彼女はどうだったかな?

 沢山の引き出物の中の一つに、「S.E.N.S.(センス)」のCDがありました。「S.E.N.S.」と言えば、映画、ドラマなどの音楽でも有名ですが、井上恭介さんが制作されたNHKスペシャル「故宮」の音楽も担当されているんですね。引き出物のCDは、その「S.E.N.S.」が、彼女らの結婚式の「慶びのひとときのために自らの作品の中から特別に選曲した」というアルバムなんです!びっくりじゃないですか〜!そんな素敵なCDが今マミィの手元にあるだなんて、信じられないですよぉ。

 実は、歌うことが好きな割には、音楽に疎いマミィは、「S.E.N.S.」はつい1年前まで知らなかったんです。聴いたことのある音楽は沢山あるけど、=「S.E.N.S.」ということを知らなかった。それが、マミィが娘を出産した入院中、産院でずっと流れていたのが「S.E.N.S.」の音楽で、里帰り中に妹に教えてもらって初めて「S.E.N.S.」の存在知ったんです。

 出産直後って、マミィはなかなか実感が沸かなかったんです。すごく不思議な感覚で。そして、母子同室だったために、一日中慣れない授乳やオムツ替えで、余計に実感する間もなく、あっという間に時間は過ぎ・・・。でも娘が眠り、産院も静まり返っている夜中になると、廊下から「S.E.N.S.」の曲が聴こえてくるんですね。本当に癒される音楽で、それを聴きながら、隣で寝ている娘を見ていると、ふっと実感が沸いてきて、何とも言えない幸せな気持ちがじわじわとこみ上げてきて、涙になったんです。

 だから、出産以来、「S.E.N.S.」の音楽は、マミィにとっては特別な音楽になっていたんです。だもんだから、このCDを受け取った時、すごく嬉しかった。CDをいただけたことだけが嬉しいんじゃないんですよ。ただでさえ、彼女の晴れ姿を見れただけで幸せなのに、自分の思い出まで重ねることが出来て・・・それはもし彼女と出会って親友になっていなかったら、もし彼女が井上恭介さんと出会って結婚していなかったら、もし産院で流れたいた音楽が「S.E.N.S.」ではなかったら・・・ほんのささいな偶然のどれが欠けても、起こりえなかった、そういう不思議な縁というか、運命のようなものが、ほんとに幸せなことなんだと感じたんです。 

 そうそう、マミィの1泊2日の留守中、娘は、パピィと一緒に、パピィの実家へ行っていました。一度もぐずることなく、いつもは授乳で起きる夜中も、一度も起きることなく熟睡して、とてもいい子にしてくれていたそうです。なんて賢い、良い子なんでしょう(←親バカ)!久しぶりに会った娘は、何だか少し大人になったみたいで、ちょっと見ない間に一段と表情も豊かになり、1人遊びも上手になった気がします♪


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ヒロシマー壁に残された伝言ヒロシマ―壁に残された伝言
著者:井上恭介
出版社:集英社
本体価格:660円(税込:693円)
広島市の小学校の、剥げ落ちた壁の奥に、白墨で書かれた伝言が見つかった。それはかつて原爆資料館にも展示されていた菊池俊吉氏撮影の「被爆の伝言」写真の、その原物が、二〇世紀の末になって再び人々の前に現れた奇跡の瞬間だった。著者はNHK広島放送局のディレクターとして取材を始める。

一九四五年八月、辛うじて倒壊をまぬがれた袋町国民学校は、被災者の救護所として使用された。安否をたずね、消息をしらせる短い伝言。長い年月を凌いできた縁者が、初めて直に伝言に向き合う一瞬。

半世紀を経て蘇る「あの日」。覇権とテロのせめぎあう時代に、改めてヒロシマを問う。




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posted by マミィ at 06:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | マミィのつぶやき
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